在日外国人教育基本方針

―多文化共生の教育をめざして―

 

大阪市教育委員会

 

《はじめに》

21世紀は人権の世紀と言われ、国際的にも国内的にも人権尊重の杜会の実現が求められている。

2000(平成12)12月末現在、大阪市における外国人登録人口は118,308人であり、そのうち国籍別では韓国・朝鮮が81.2%にあたる96,115人である。また、中国からの帰国者や近年の国際化の進展に伴い来日する外国人が年々増大し、民族や文化の多様性が拡大している。このような今日的状況をふまえ「多文化共生杜会」の実現に向けての総合的・体系的な施策が必要である。

本市では、これまで「大阪市人権教育のための国連10年行動計画」(1997(平成9))、「大阪市外国籍住民施策基本指針」(1998(平成10))、「大阪市人権行政基本方針」(1999(平成11))、「大阪市人権尊重の社会づくり条例」(2000(平成12))を策定した。これに基づき、「国際人権都市大阪」として様々な施策を推進している。

また、本市教育委員会では、1970(昭和45)年以来、学校教育指針に「在日外国人(主として在日する韓国・朝鮮人)の幼児・児童・生徒の教育」を示すとともに、「人権教育基本方針」(1999(平成11))を策定し、日本人と在日外国人の幼児・児童・生徒が共に学び、共に生きるため、互いの人権を尊重し、ちがいを豊かさとして認め合う子どもを育てる教育実践に取り組んできた。

しかし、在日外国人に対する民族的偏見や差別意識は根強く、幼児・児童・生徒の人権を侵す差別事象や自由な進路選択を阻む排外的な事象も後を絶たない。さらに、基本的な人格権とされている自らの本名(民族名)を名のることが困難な状況が存在するなど、早急に解決すべき課題が多く残されている。

「国際人権規約」(1979(昭和54))、「児童の権利に関する条約」(1994(平成6))は、その国に在住する外国人が《自己の文化を享有し、自己の言語を使用すること》を民族固有の権利として規定し、締約国である日本をはじめとして、当該国はその権利を尊重し、保障する国際法上の責任と義務を負うことを定めている。

国籍の如何を問わず民族的・文化的背景の異なるすべての人々が差別され、疎外されることなく、自らの民族的アイデンティティを豊かにはぐくみ合える社会をめざすうえで、自己の言語、文化および歴史を学ぶことは当然の権利であり、欠くことのできないことである。

本市教育委員会は、これらの国際条約やこれまでの諸施策をふまえるとともに、各校園で取り組んできた在日外国人教育の成果の上に立ち、今日的課題に対応するために、新たに「在日外国人教育基本方針」を策定した。これは、本市校園における在日外国人教育の基本理念とその具現化を図るための方針を示すものである。

 

《基本認識》

民族や文化の多様性がますます拡大しつつある社会にあって、「多文化共生社会」を実現することは国際人権都市大阪の重要課題である。民族的・文化的背景の異なるすべての子どもが、ちがいをちがいとして認め合い、それぞれの民族的アイデンティティを尊重し、はぐくみ合える教育の充実を図ることが肝要である。

各校園では、これまで、日本人の子どもと在日する外国人の子どもの共生をめざす国際理解教育、また「日本語を母語としない外国人の子ども」の日本語指導や自立を図る指導、さらには在日韓国・朝鮮人をはじめ、帰国・来日等の子どもの民族的アイデンティティの保持・伸長を重要な課題としてきた。これは「民族として生きる権利を保障する」ことを謳う国際条約の精神に合致するものである。

このような在日外国人教育の取り組みを一層推進するにあたっては、日本と外国とのこれまでの歴史的経緯や関係などをふり返る必要がある。日本と朝鮮半島とは、地理的にも近く、古代より人々の往来や文化・技術の交流などを通じて密接な関係を築くなど、おおむね友好関係にあったといえる。しかしながら、1910(明治43)年「韓国併合」を機にした日本の「土地調査事業」「産米増産計画」などの植民地政策により、朝鮮半島の人々の多くが生活基盤を奪われ、仕事を求めて日本に移り住むことを余儀なくされた。さらに「創氏改名」や日本語使用の強要などによる同化政策が推し進められ、朝鮮の人々の反感を強めた。戦後、200万を越す朝鮮の人々が日本に住んでいたが、自国の独立後、多くの人々が帰国した。一方・いろいろな事情で日本に残ることを余儀なくされた朝鮮の人々は、自民族の言語や歴史、文化を取り戻すことを願って全国に民族学校を建設したが、当時のGHQの政策の下、日本政府によって閉鎖を強いられ、その後、在日韓国・朝鮮人の子どもたちの多くは日本の公立学校に就学せざるを得なくなった。その結果、在日韓国・朝鮮人に対する民族的アイデンティティをはぐくむ教育が再び困難になる状況が生じた。

一方、1972(昭和47)年の日中国交回復によって、1980年代後半から中国残留日本人の帰国が急増するとともに、国際化の進展に伴う日系外国人をはじめ留学、就労、国際結婚など様々な事由で来日する外国人が増加している。これら帰国・来日等の子どもの教育にどう対応するかが一段と求められるようになってきている。

そのような経緯をふまえ、本市においては、学校教育指針により、すべての校園で人間尊重の精神に基づく在日外国人教育の推進を図り、共に学ぶ在日外国人の子どもの立場を理解することができる集団の育成に努めてきた。また、学校教育指針をより具体化するものとして指導資料や研修資料を作成し、在日外国人教育実践の一層の深化・充実を図ってきた。

とりわけ、在日韓国・朝鮮人の子どもの教育については、教育課程外の活動において、1948(昭和23)年「府知事覚書」に基づく民族学級や1970年代の同和教育の高まりなどの中での自主的な民族学級の開設以降、民族講師たちの自主的な活動や献身的協力のもと、民族学級・民族クラブをはじめ在日韓国・朝鮮人の子どもの民族的自覚を高める取り組みが広がってきた。さらに、1992(平成4)年「大阪市立学校民族クラブ技術指導者招聘事業」の実施により民族学級・民族クラブ設置校が80校を超えるなど、その教育実践は一層の発展と充実を見せてきた。

しかしながら、在日外国人教育の実践を進める中で「地域間格差や学校間格差」「教育課程への位置付けの不十分さ」という課題が残されている。さらに、帰化による日本国籍取得の子どもや国際結婚による二重国籍や日本国籍の子どもの教育のあり方も今日的課題となっている。

また、帰国・来日等の子どもが日本の社会で自立して生きていくのに必要不可欠な日本語の習得を支援するために、これまで「帰国した子どもの教育センター校」や「日本語指導協力者派遣事業」などの実施により一定の成果をあげてきたが、ことばの壁や文化・習慣のちがいに起因する学力面や心情面での課題も数多く残されている。

これらの課題を克服するためには、学校教育における在日外国人教育の明確な位置付けが必要であり、特に在日韓国・朝鮮人の子どもの教育においては、民族学級・民族クラブと指導にあたる民族講師の役割と意義をより明確にし、指導体制の充実を図ることが重要である。また、各校園が在日外国人教育を進めるにあたって、実践研究や教材・資料の収集および作成に取り組んできた大阪市教育センターなどの関係機関をはじめ、大阪市外国人教育研究協議会、各校種教育研究会などの研究機関との連携を深めることが実践の充実・発展にとって重要である。

それが、アジアをはじめ、様々な国々への視野を広げ、多様な文化を理解し尊重する態度や異なる文化をもった人々とともに生きていく資質や能力の育成をめざす国際理解教育を充実・発展させる礎となる。

 

《基本姿勢》

1.在日外国人教育は、人類普遍の原理である人権尊重の精神に基づき、民族的一文化的背景の異なるすべての人々に対する民族的偏見や差別をなくす教育である。

したがって、差別に対する科学的認識を深め、国籍、人種、民族等の如何を問わず人権尊重の教育が徹底するように努める。

 

2在日外国人教育は、それぞれの国や民族の文化・歴史などを正しく認識し、相互の立場を理解し、共に生きようとする態度をはぐくむ教育である。

したがって、国や民族による文化や風習のちがいを認め合い、相互理解を進めるとともに、国際性豊かな人間の育成が図れるように努める。

 

3在日外国人教育は、自らの国や民族・文化に対する自覚と誇りをはぐくむ教育である。

したがって、すべての幼児・児童・生徒に対して、自国への学習をとおして正しい認識を培い、民族的アイデンティティを確立する教育を進めるとともに、「本名を呼び・名のる」指導の徹底が図れるように努める。

 

4在日外国人教育は、将来に展望をもてる学力を保障し、主体的に進路を選択できる力をはぐくむ教育である。

したがって、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・養護教育諸学校の教育の一貫性を重視するとともに、'進学・就職上の差別の克服を図り、将来の進路を自ら選択できるよう適切な進路指導を進める。また在日外国人の子どもが民族的立場によって不利益を受けることなく、進学や就職の機会がだれにも平等に保障されるよう強く関係機関にはたらきかける。

 

5在日外国人教育の取り組みは全市的課題であり、すべての校園で計画的・系統的に推進する。

 

《方針》

1.すべての幼児・児童`生徒がちがいをちがいとして認め、人権を尊重し合いながら共に生きようとする態度をはぐくむ。

@すべての人々が生まれながらにして有している人間としての尊厳と、一人一人が自分らしく生きていく権利を尊重する人権教育をすべての校園で計画的・系統的に推進する。

A在日外国人教育の実践、国際理解教育の実践の一層の深化と全市校園への拡大を図る。とりわけ、「本名を呼び・名のる」ことができる校園の環境づくりをはじめ、「地域間格差や学校間格差」の解消に向けた実践研究に努める。

B一人一人にちがいがあることを肯定的にとらえ、ちがいを認め合い、共に生きようとする集団の育成を図るとともに、多様な民族的・文化的背景をもつ子どもたちが共に生活する場としての校園の環境づくりに努める。C世界には、多様な民族的・文化的背景をもつ人々が相互に依存しながら共に生きていることについての理解を深めるとともに、国際社会のさまざまな事象に対して広い視野をもって柔軟に物事を考え、自己の生活との関係や立場をふまえて行動しようとする意欲や態度をはぐくむ教育を推進する。Dこれらの教育活動を推進するため、多様な民族的・文化的背景をもつ人材の積極的な参加を求める。

 

2日本人の幼児・児童・生徒に差別を見抜く力を養い、民族的偏見や差別をなくしていこうとする意欲と態度をはぐくむ。

@多文化共生を軸とする国際理解教育の充実を図り、国際社会に生きる基礎的な資質を培う。とりわけ、在日韓国・朝鮮人をはじめ、多様な民族的背景をもつ子どもが自らの民族を明らかにできるよう、日本人の子どもが史実に基づく確かな歴史認識をもつとともに、共に生きようとする態度の育成を図る。A日本人の子どもが、韓国・朝鮮人の友だちを韓国・朝鮮人として正しく認識し、在日韓国・朝鮮人の子どもが本名を名のることは、アイデンティティの確立にかかわることであり、その意義を理解するとともに、本名を呼ぼうとする態度を育成する。B民族的差別事象に対しては、事実関係を明確にし、その背景にある民族的偏見や差別意識を見据え、校園全体での取り組みを行い、差別を許さない集団の育成に努める。

 

3.在日外国人の幼児・児童・生徒の民族的アイデンティティの確立と進路指導の充実を図る。

 

(1)在日韓国・朝鮮人の幼児・児童・生徒の教育の推進

 

@民族学級・民族クラブの指導計画や指導内容の研究を進め、その充実を図る。

A「大阪市立学校民族クラブ技術指導者招聰事業」の成果と課題を明確にしながら、その充実を図るとともに、民族クラプが設置されていない学校の子どもたちに対しても、そのような機会を提供できるように努める。

B在日韓国・朝鮮人児童・生徒の多数在籍校に措置されている外国人教育教員加配の本来の意義をふまえ、その効果的な活用を図るとともに、少数在籍校における教育実践のあり方についても研究を深める。

C「帰化」による・日本国籍取得者、国際結婚などによる二翼国籍や日本国籍の子どもの増大している現状をふまえた実践研究に努める。

D在日韓国・朝鮮人の幼児・児童・生徒の本名を大切にすることの意義と必要性に対する理解を求め、本名を呼び・名のる集団づくりに努める。また、公簿類の本名記載を徹底するとともに、卒業証書(保育修了証)においても本名を記載し、生年月日は西暦で記入することを原則とする。

E在日韓国・朝鮮人の幼児・児童・生徒が将来に展望をもてる学力をはぐくみ、自らの進路を主体的に選択できるように、きめ細かな進路指導を行うとともに、民族的立場によって不利益を受けることなく、進学や就職の機会がだれにも平等に保障されるよう関係機関にはたらきかける。

F在日韓国・朝鮮人の幼児・児童・生徒が、より多くの民族の仲間や先輩たちと交流し、民族の文化や歴史との豊かな出会いができるよう、研究機関などが実施する全市的・地域的行事や校種別交流会の充実を図るとともに、民族諸学校との交流などに積極的に参加できるように努める。

G民族学級・民族クラブ保護者会との連携を密にし、積極的な協力を得られる関係づくりに努める。

 

(2)帰国・来日等の幼児・児童・生徒の教育の推進

 

@自らの民族性を肯定的に受け止め、異なる文化的背景をもつことを積極的に表現し、そのことに誇りをもてるような環境づくりに努める。そのため、学校の教育活動の工夫や地域との連携により、民族性を保持・伸長できる機会の提供とともに、多文化理解のための教材の整備に努める。

A帰国・来日まもない児童・生徒にとって、日本語の習得とともに、自立した学校生活を送弓ことができる能力を身に付けることは、学力の向上や自己実現を図るうえで重要な課題である。そのため、「日本語指導協力者派遣事業」や「登録通訳者派遣事業」の充実に努めるとともに、今後も「帰国した子どもの教育センター校」のあり方や果たすべき役割について研究・検討をすすめる。また、日本語指導の内容や方法の研究及ぴ教科学習に対応した日本語対訳補助教材の開発に努める。

B帰国・来日等の児童・生徒の進路について、自ら多様な選択ができるよう情報提供に努めるとともに、関係機関と連携を密にし、自らの進路に希望がもてるようきめ細かな進路指導に努める。

C帰国・来日等の幼児・児童・生徒が出会い、交流する場として、研究機関などが実施する全市的・地域的行事の充実を図るとともに、民族諸学校や国際学校などとの交流にも積極的に参加できるように努める。

 

4指導体制の確立と教職員研修の充実に努める。

@教職員は世界の多様な歴史、文化などを正しく理解するとともに、人権尊重の精神を基盤に差別を許さない姿勢を堅持する。

A各校園での在日外国人教育推進体制の確立を図り、年間指導計画や教職員研修計画の立案、実施、評価を確実に行い、指導内容の充実と指導力の向上に努める。

B大阪市教育センターにおける在日外国人教育や国際理解教育の研修を充実するとともに、大阪市外国人教育研究協議会や各校種教育研究会等との連携を図り多様な研修の実施に努める。

C.在日外蔚人欝育三国際理解教育の推進を支援するために必要な基礎資料や教材・指毒盗料などの蚊集・作成、情報の発信に努めるとともに、研究機関などの一層の充実を図る。

 

5.家庭・地域社会への啓発と連携の充実に努める。

@各校園では、平素からあらゆる機会を通して在日外国人教育が重要な教育課題であることや教育活動に関する情報を十分提供し、在日外国人教育の推進について家庭・地域の理解と協力を得るよう努める。

APTAをはじめ社会教育関係団体や外国人保護者会などの関係団体との連携を深め、民族的な偏見や差別をなくし、学校や地域が真に多文化共生社会となりうるよう積極的な実践に努める。

 

《おわりに》

在日外国人教育は、多文化共生の社会をめざす教育の営みであり、日本人と外国人の双方の豊かさをはぐくみ、互いの心が響き合う人間関係や社会を創り出していくことをめざさなければならない。

また、多文化共生の杜会をめざす教育は、日本人と外国人の間だけに限らず、民族的・文化的背景の異なるすべての人々が相互にちがいを認め合い、尊重し合い、共に生きていく地域社会をつくりあげていく力となるよう展開しなければならない。

大阪市教育委員会は、この基本方針に基づき、国際人権都市大阪として「共生社会」の実現に向け、その果たすべき役割を明らかにして真摯に課題解決に向け取り組むものである。

平成13(2001)6

   
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