よみがえる交流の海

富士山の近くを飛ぶ大韓航空機。
国交正常化20周年記念切手。

変わる東北アジア 日本を含む東北アジアは、戦後の米ソ冷戦体制の影響を最も強く受けた地域の一つであった。南北に分断された朝鮮半島を中心に、政治的、軍事的な対立がつづき、経済的、文化的な交流は低調であった。しかし、近年になって事態は急速にかわり、日本のアジア貿易は北米貿易に匹敵するほどの比重を占めるようになってきている。その傾向は、大阪を中心とする関西ではいっそう強く、すでにアジア貿易が北米貿易をしのいでいる。とくに関西でさかんな繊維産業や皮革産業、プラスチックなどの化学産業は、アジア貿易にたよるところが大きい。地盤沈下が言われる関西経済を立て直す上で、アジア貿易は一つの大きなかぎとなりうるものである。言うまでもなく、大阪は東京よりアジア諸国に近いという利点を持っているからである。

大阪を中心に釜山までの距離で円を描いてみた。

深まる日韓関係 アジア貿易の中でも大韓民国(韓国)貿易は大きな比重を占め、全国的にみても、単独の国としては、輸出入とも、一九九〇(平成二)年度にすでにアメリカ合衆国に次ぐ座を占めている。一九八五(昭和六〇)年度に輸出で三位、輸入で九位だったのを考えると、その伸びはいちじるしい。内容的にも機械機器の輸出入が急増するなど、多様化がめだっている。訪日者数でみても、一九八六(昭和六一)年度には首位アメリカの半分にも及ばなかった韓国が、一九九〇(平成二)年度にはアメリカをはるかに追い越し、首位となっている。その中で大阪を訪れる人は多く、逆に韓国に出かける人も多いことが、大阪の特徴となっている。大阪港と釜山(プサン)港とは姉妹港の関係を結んでおり、NHK大阪と韓国の国営放送KBSの釜山放送局との間では、共同取材や共同制作などの提携が成立している。一九八九(平成元)年の夏には、大阪市内で発掘された埴輪をもとに復元された古代船「なみはや」が、古代の航路を実証するために、一月あまりをかけて釜山まで航海した。その海を今では週二便のフェリーが二十二時間で結び、伊丹空港では、大阪とソウル、釜山とを結ぶ航空便が毎日ひんぱんに発着している。

交流の一層の拡大のために 深まりゆく韓国との関係に比べれば、国交のない朝鮮民主主義人民共和国との関係は、極めて希薄だと言わざるをえない。朝鮮半島の統一が達成されたとき、その人口はイギリス、フランス、イタリアといった国々を上回る。これほどの人口規模を持つ国が統一し、発展していったなら、大阪と朝鮮半島との関係は、より一層深まるであろう。統一は朝鮮半島の人々自身の課題であるが、冷戦時代の考え方を捨て、南北の双方と交流することにより、日本も統一に一定の寄与をすることができる。朝鮮高級学校と日本の高校とのスポーツ交流が大阪をはじめ全国各地でさかんになるなど、そのような努力は民間ではすでに始まっており、国レベルでも朝鮮民主主義人民共和国との国交樹立が目前に迫っている。

団結する在日韓国・朝鮮人 祖国の分断は、南北のいずれを支持するかによって、在日韓国・朝鮮人の間に深刻な亀裂を生んできた。しかし、朝鮮半島での緊張の緩和を受けて、近年では、権利の拡大、生活の向上、民族性の維持といった共通の課題については、立場の違いを乗り越えて団結することが多くなった。また、まず南北を選択するという考え方をしない若い世代の活動も目立つようになった。その団結が、納税は日本人同様にしながら、福祉を受ける権利からは外されるなどの不当な待遇を改善させる大きな原動力となってきた。運動の力は、日本で最大の在日韓国・朝鮮人人口を持つ大阪において、とりわけ顕著であった。日本の学校で「本名を呼び、名乗る」教育の地道な取り組みがなされるなど、それに呼応する日本人の活動も、大阪ではさかんに行われている。

韓国済州道牛島(ウド)の海水浴場。

なんで怒られるの? これからの日本と朝鮮半島との関係は、かつてのような相互に不幸な関係ではなく、平等互恵の原則に基づくものでなければならない。そのためにも、過去の歴史をありのままに知ることが、いま日本人には求められている。最近、韓国を修学旅行先に選ぶ高校が大阪などで出てきているが、年配者に、「おじさん、なんでそんなに日本語がうまいの?」などと聞いて怒られる例をしばしば聞く。歴史の知識なくして、日本語を強制された人々の気持ちは理解できない。隣国とのあらたな関係を築くために、過去を正確に次の世代に伝えることが、いま日本の大人たちに求められている。過去の悪しき遺産である差別意識も、まだまだ根強い。在日韓国・朝鮮人の多くが今も日本風の通名を名乗っていることも、そのあらわれである。

国際化への道 権利の拡大とともに、今まで考えられなかった職業分野に進出し活躍する在日韓国・朝鮮人がマスコミなどで取り上げられることも多くなってきた。これまで在日韓国・朝鮮人の能力が生かされずにきたことは、本人たちにとってのみならず、日本の社会にとっても、大きな損失であった。在日韓国・朝鮮人が進んで本名を名乗り、進んで貢献したいと思うような社会への脱皮が、いま日本社会には求められている。最近、日本での就労を希望する外国人がふえている。その人々を迎え入れるのなら、その能力をフルに発揮できる条件整備が不可欠の前提となる。そのことぬきに、日本社会の国際化はありえない。

    



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