「5年間の中国人教師としての
日本の学校での取り組みと、
その中で出会った中国からの子の在留資格問題」

東大阪市立盾津中学校中国人生徒担当  葉 映蘭(イエ・エイラン)


1 はじめに

今日はここで、本校に在籍している中国から来た子どもたちの現状、それから、今後の課題についてお話しさせていただきたいと思います。

 私は、日本の学校で中国から来た子どもの教育にたずさわってまだ五年しかたちませんが、やればやるほど子どもたちに対する責任感が重くなる一方です。五年間常に、子どもたちがより安心して楽しい学校生活を送ることができるように努力してきました。成果といえるものはまだ全然ありませんけれども、現場の日本人の先生方のご協力をいただき、中国から来た子どもたちの学校教育に関わるさまざまな取り組みができて、よりよい方向に改善が進んできたと確信しています。

 レジュメにありますように、盾津中学校は東大阪市の北部にあります。JR鴻池新田の駅の周辺に大きな商業地域があって、それからトラックターミナルと機械団地を中心にした工業地域、それから農業地域、それに三つの府営住宅があります。かなり校区が広くて、生徒在籍も現在868人で、中学校としては東大阪一の大規模校です。こういう地理的条件、府営住宅があって、中小企業を中心にした地域ですので、中国帰国者にとってはまず家賃が安くて仕事を見つけやすいということで、どんどん人が集まってきたと思います。

 

2 中国から来た生徒の在籍状況

 現在盾津中学校には31名の中国から来た子どもたちが在籍しています。そのうち28名が中国帰国生徒です。つまり、中国残留孤児の孫か曾孫たちです。

 鴻池地区では、およそ15年前から次々多くの帰国者たちが居住するようになりました。中学校への中国帰国生徒の入学も1988年から始まりました。はじめの10年間に、この子どもたちの教育に尽力してくれた多くの協力者のおかげで専任の中国人講師が配属され、日本語教室も始まりました。それで今、中国から来た子どもたちが恵まれた教育環境の中で、日本での学校生活を送ることができています。

 

3 現状


 私が五年前に盾津中学校に来て、一二年の間は、中国帰国生徒がかかえる最大の課題は言葉のハンディを乗り越えさせる指導でしたが、数年前から、小学校低学年以前に日本へ来た帰国生徒の増加によって、もうすでに言葉のハンディの少ない子どもたちの学力向上の課題と、その家庭での親子間の意思疎通が図れないこと、そうした新たな課題に変わってきました。その現状について、お話ししたいです。

  今在籍している中国から来た生徒の特徴は、日本語は話せますけれども、教科書のような抽象的、理論的な書き言葉を理解しにくいということです。日本語が話せるものですから、現場の先生たちについ日本語を理解しているというイメージを与えてしまって、日本語の指導の必要がもうないと思われてしまいがちです。学習内容が理解しにくいために、学習意欲もかなり低い子が増えてきています。自分に全然自信がなく、がんばる目標も持っていない子が増えています。本人自身も、日本人のこと同じように日本語が話せるから、勘違いして、勉強について心配しないで、がんばる気持ちも持ちにくいのです。親と自分のルーツである中国に、非常に疎外感を持ち、そのために誇りに思うことも難しくなっている。さらに、低学年以前に日本に来た子どもたちに最大の問題となっているのは、親子間の意思疎通が図れない家庭が非常に増えてきていることです。家庭にも学校にも、自分の居場所がないと感じる子が増えてきて、そのために問題行動が多くなってきていることです。

 

4 考えられる要因

 こういう現状が生まれてきた多くの要因があると思いますが、一番大きなものとして次のようなことが考えられます。

 それは、日本語を指導する側に、日常生活言語と学習言語との違いの認識が不足している点です。低学年以前に来た子どもたちは、日常生活言語を習得していた最初の一二年間、学習言語の面においては空白で過ごしたことが推測されます。でも、指導者側の大半は、その子は日本語が話せるようになったからもう日本語指導の必要はないと勘違いして、もう体系的な日本語指導を打ち切ってしまう例が多いようです。このことは、その子のその後の学習面に大きな影響を与えてしまっています。なぜなら、専門家の研究によって、学習思考言語を習得するには五年から七年くらいかかると言われていますが、それも体系的な言語教育が行われていてできるので、そうでなくて日常生活言語だけであれば学習言語の習得は難しい。これが、日本語ができてもそれが学力に結びつかない大きな原因だと考えています。

 次の要因として、この子どもたちが、親のルーツである中国の言語や文化に対して一体感をほとんど持っていないことがあげられます。中国対する認識も漠然として、そのために親の言語や文化と切り離されてしまっています。これも彼らの言語学習に影響を与えている。専門家の研究によれば、第二言語の習得に際して、もし自分の母語、親の言語に対して一体感を持っていなければ、母語も第二言語も低い水準の習得にとどまってしまうということです。今盾津中学校に在籍している生徒を見ているとまさしくそういうことが言えます。そうした子どもたちは、中国へ帰省することも嫌がることが多いようです。

 次が、家庭の日本語学習環境の不十分さです。保護者自身が言葉の問題から日本社会の出来事への関心や理解がどうしても少ないために、子どもたちも、家庭を通して習得できる日本語の語彙が非常に少なくて、学習にも影響を与えています。日本の子どもたちがみな知っていることでも、中国から来た子どもが知らないことが非常に多くてびっくりするほどです。

  親子間の共通の言語が失われつつある現状による要因がもう一つあげられます。家庭での会話言語は主に中国語になっているんですけれども、中国語は聞き慣れていても、それで自分の意思を表現することは、小学校低学年以前に日本へ来た子どもにとっては非常に難しいことです。そのために親子の意思疎通ができず、中学生である彼らにとっては非常に不安定な状況に陥りやすくなっています。ある意味で心が非常にさびしい状況に置かれていると言えます。

 昨日、子どもの家庭訪問をしたのですが、初めは進路の話をしていて、結局は後半の大部分を、親子間の意思疎通の通訳に時間を使いました。話の内容は、ごく普通の親子が話すようなことですけれども、子どもが思っていることがうまく親に伝わっていないし、親から子どもに言いたいことももうひとつはっきりわかっていないということで、お互いの意思を伝えあう通訳になってしまいました。しかし、話を聞き通訳しながら、非常にむなしく感じます。こういう家庭が、今現在非常に多いのです。親も悩んでいますが、子どももいろいろなことを友だちに相談しても親とは相談できないのです。

 がんばっている子は多いのですが、それでも成果が表れず、あきらめてしまって学習から逃げる子どもたちも出て、問題行動まで起こすという深刻な状況になっています。

 

5 手だて

  そこから、次のような課題に取り組まなくてはならないと痛感しています。

 その手だてとして、五点挙げたいと思います。

 まず、日本語指導が必要な子どもに対して、その来日後の年数に関わらず、体系的な日本語学習を在籍している間学習に取り入れることが必要だということです。それによって、教科内容に対する理解もでき、自分に対する自信にもつながると思います。

  進路については、現在中学を卒業して高校へ進学することについての保障として、入試特別措置と特別枠があります。特別措置としては、時間延長、問題のルビうち、辞書持ち込み、総合学科では帰国2年以内であれば母国語で作文することができます。けれども、これからは小学校低学年以前に来た子どもたちが中心になりますので、また別の特別措置が必要になると思います。よく子どもたちが言うのでは、「日本語の試験問題の意味は分かるけど、それの答を日本語で書くことができない」のです。「答えを中国語で書きたかった」と訴えます。「母語で、中国語で答えを書く」ことも特別措置として考えてほしいと思います。特別枠のある高校は非常に増えてきているんですけれども、そういう子どもたちの数も増えてきているので、特別枠のある学校も、もっと増やしてほしい。それに、就職のことを考えても、専門学科についても特別枠設置を考えてほしいです。

  次に、母語の学習の保障ということが重要です。親子間の意思疎通を手助けするためにも、急いで取り組まなければいけないと思います。それに、自分のルーツを誇りに思えるためにも、やはり母語が大切です。皆、聞き慣れているのですけれども、読み書きが難しいのです。だから、全く中国がわからないと言うのではないので、読み書きの学習をすれば、比較的簡単に母語を習得できると思います。この母語の学習の保障が非常に大事なことだと思っています。

  今、盾津中学校では、母語の学習には取り組んではいませんけれども、地域の行政センターで毎週土曜日に中国語の読み書きの学習会をやっています。東大阪市近辺、門真市や大東市からも中国人の親が雨の日でも自転車に乗って子どもたちを連れて学習会に参加しています。

 私自身も、いつも子どもたちに訴えていることは、日本人の子どもたちと違うことを誇りに思うということです。それを生かすようにしなければいけないということです。それを訴え続けていて、子どもたちも少しずつ自分の存在価値を認識できるようになってきていると思います。

  次に、保護者への厚い支援が必要だということです。中国から来た親は、はっきり言って子どもに頼ることが非常に多くて、日本の学校の様子もあまり知らないためにとても不安な状況です。親としての自信もない親が非常に多いのです。そのために、親への支援がこれからもっと必要になっていくと思います。

 最後に、中国人講師の確保についてです。私から言うのでは、宣伝のようにとられたらどうしようと思うのですが、それでも、やればやるほど、日本人の先生にできることはたくさんありますが、できないこともたくさんでてきているのです。どうしても、同じ国の先生が配置されていないと、大変な状況になる場合もあります。どちらかというと、子どもたちに対する日本語の指導は日本人の先生に任せたらよいという状況ですけれど、保護者への支援や子どもへの手助けなど、やはり同じ国の人間でないとすぐには理解できないし、また、親から相談される場合にも相談しやすいということがあると思います。だから、こうした中国からの子どもが在籍している学校にはぜひ中国人講師、同じ国の先生の確保をしていただきたいと思います。

 盾津中学校には、中国人講師が配置されているから、親も子どもも安心して学校に来れていると思います。中国から来た子どもたちが、やはり同じ国の先生に頼っている部分が多いし、親もそうした相談の場合に中国人の先生に頼ってきます。学校や行政機関とのパイプ役として責任が重いと感じています。

 

6 在留資格の問題を抱えている子どもたち

 この五年間の、とても痛ましい実態について、お話ししたいと思います。

 それは、日本での学業を継続するために、現在「特別在留資格」獲得のために闘っている子どもたちのことです。

 こうした子どもたちと最初に出会ったのは、勤務して二年目の時でした。通訳として、大阪出入国管理局の茨木分所で、当時収容されていた家族と面会した時でした。

 すごくものものしい面会室のガラス窓越しに、小学校六年生の男の子が涙を流しながら所内での生活の状況を私たちに訴えました。不安でたまらず、男女別室になっているためにお母さんにも会えないので、その会いたい気持ちとかを、私は通訳しながらつらい思いでいっぱいでした。なぜ神様はこんな幼い子にこういうつらい目をさせるのか、と思いました。この子らにはほんとうに何の罪もないのに、と、心の中で叫びました。この子は最後に中国へ送還されましたが、日本でのこのいやな思いは永遠に消えることはないでしょう。その後も、同じような状況の子どもに何人も接触することになりました。それぞれ違う状況はありますが、子どもたちの今後の人生にとって最悪の思い出になることは間違いありません。

  きっとみなさまは、なぜこの子らは日本に来たのか、と疑問に思っておられるでしょう。動機に関しては非常に単純です。みな、子どもたちによりよい生活環境と教育環境を与えたいという親心から出発して、罪を犯してしまいました。この人たちは、みな、貧しい農村で暮らしていた人たちで、彼らにとって外国に行くことは夢のような話です。突然に中国残留孤児と血縁関係にある人々が日本へ帰れることになったため、この人たちも、親戚の関係で日本へ行ってみようとして、うその証明で日本へ来る手続きをしたのですけれども、子どもたちに対する親の気持ちはこのことによって実現することができました。子どもたちは、もちろん、事前に何も知らされていたわけではありません。親について日本へ来て、言葉のハンディに直面させられて、まったくわからない日本の学校の生活を送ることになってしまいました。そのつらい日々は、経験者でないと本当にわからないと思います。そうして、ようやく日本の生活にもなじんで、楽しい学校生活が送れるようになった頃、ある日突然に親から事実を告げられ、もっとひどい場合には、親が収容されてはじめて事実を知らされた子どももいました。子どもたちは、それまでのようすに関わらず、こうした出来事をきっかけに成長して、新しいがんばりを見せるようになります。みな、日本で勉強を続けたいと思っていますが、事実を知った日から不安に陥り、罪悪感を感じながらつらい日々を送ることになるのです。急に送還されるのではないかと心配しながら学校生活を過ごしているのです。

  子どもにとっては心に大きな傷になっているのは間違いありません。支援してくれている方々は一番大きな心の支えになっています。親がすでに帰国したり送還されたりしてしまった子どももいます。その子どもたちは、不安と闘いながら、日本での学業を継続するるためにがんばっています。

 実際に関わっている子どもの状況を話させていただきたいと思います。

 大阪市立の高校を今度卒業した生徒ですが、ずっと今まで日本の大学に進学することが夢だったのを、結局断念して、ニュージーランド留学を目指すことに決めました。彼女の心では、支援してくれた人々に大変感謝していますけれど、日本政府に対してはとてもいやな思いしかありません。彼女こそ、大人になったら日中友好の架け橋として貢献できると思います。しかし、日本から離れることになってしまったので、とても残念に思っています。

 また、今現在、高校に在籍している生徒の例ですが、この子も今までとっても明るい子でした。しかし、家にこういう状況が生まれてから、非常に暗い様子になり、学校でも笑顔が消え、一時はどうなるかなと、まわりの先生も心配しました。でも、このことで一年間彼女はすごく成長してきて、人に感謝する気持ちも持つようになっています。その中でも、常に不安が彼女を取りまいていますので、学校でもふと一人で落ち込んでいたりすることがあります。

 こうした子どもたちは、まだ他にも二三人接触しているのですけれど、ほんとうにみんながんばっています。どうしても日本での学業を続けたいという気持ちを強く持っています。だから、どうか支援していただきたいという気持ちを、この場を借りて皆さんにお伝えしたいです。

  この子どもたちは、現在の状況で中国へ帰されたら、帰国しても中国語の読み書きが全然できないから、現在の中国の小中学校や高校でおこなわれている教育内容には、どっちにしても絶対ついていけないのです。このまま帰ってしまったらこの子の将来はもう終わりだとはっきり言えるような状態です。確かに、親が不法手段で日本に入国したんですけれども、親には罪があると思いますけど、子どもには罪はありません。来たときは自分の意志で来たわけではなかったけれど、せめて帰るときには、自分の意志で、選択して、帰れるようになってほしいんです(涙)。

  そのために、この子らに希望を与えるために、多くの方の支援を必要としています。彼らの学習する権利も守ってあげてほしいと思います。支援をお願いします。

 

7 まとめ

  生きるために、日々重すぎる荷を背負っているこの子どもたちに、希望に満ちた未来を与えるため、私たちはもっと強く立ち上がらなければならないと感じています。

      

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